大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)184号 判決

本件原野は古来日向部落に居住する三七戸の入会地として採草及び薪炭用材採取のために利用されてきたものであるところ、入会権者はかならずしも右三七戸の戸主たる地位を有する者に限られたわけではないが、日向部落に居住し、且つ実際上右三七戸の当主として農業経営を主宰する者が継続する習わしであり、権利の売買譲渡は認められず、また分家をした者にあらたに権利が与えられることはなく、本件原野に対する入会権者の数は一貫して三七戸三七名を越えることはなかつた。しかして被控訴人及び誠吾等が属していた原家も右三七戸のうちの一戸として、間爾存命中は同人が本件原町の立廻り(入会権の行使)をし、同人死亡後は、少くとも誠吾が昭和三年に日向部落に復帰し原家の農業経営を主宰するようになつてからは、誠吾が間爾の後継者として本件原野について立廻りの権利を有することを入会権者たる他の部落民によつて承認され、日向部落の本件原野以外の他の入会地について区画を設けて部落内の各組に立廻り区域の割当を行つた際にも、誠吾が部落内の田口組に属する原家の当主として割当を受け、戦時中日向部落が本件原野から薪炭の供出をした際にも、誠吾又はその家族の者が用材の採取や炭焼の共同作業に参加した。昭和十八年七月に誠告が死亡した後は、その長男誠衛は戦死し、二男誠之は他家の養子となつていたため、いつたん三男誠基が父誠吾の後を受けて原家の農業経営を主宰したが、他に転出したため、現在では四男である控訴人誠貫がその後を受けて小学校教員として勤務する傍ら、原家の農業経営に従事し、係争原野の入会権も同人がこれを承継し、同控訴人による入会権の承継は他の入会権者である他の部落民によつても承認され、現に本件で問題となつている本件原野の風倒木及び立木をそれぞれ昭和三五年五月及び昭和三六年一一月に売却した際の利益についても、控訴人誠貫が入会権者三七名のうちの一人としてその分配に与つた。これに反して、被控訴人は少くとも同人が分家をして桑原部落に転住した昭和三年以後においては、本件原野について入会権者として立廻りの権利を行使し、あるいは入会権者としての共同作業に参加したことはなく、右風倒木及び立木の売却利益について被控訴人が自己にもこれが分配を受ける権利があるとして本訴を提起するに至るまでは、誠告や控訴人誠貫が本件原野への立廻りをすることについて異議を唱え、又は本件原野に対する自己の入会権を主張し、他の入会権者たる部落民によつてこの主張が承認されたというような事実もなかつた。

およそ以上の事実を認めることができる。しかして〔反証排斥〕、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。なお、被控訴人は、間爾死亡後間もない頃、遺族間の協議に基づき、誠吾と被控訴人との間で誠吾所有の農地、山林等につき使用貸借契約が締結されたと主張するけれども、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。以上認定の事実関係からすれば、間爾死亡後の原家の農業は事実上被控訴人を含む間爾の遺族らによつて共同して営まれていたけれども、対外的な関係では原家の戸主として誠吾の名義が用いられることが多く、昭和三年に誠吾が実家に復帰した後は名実ともに同人が原家の主宰者として農業経営に当つたものというべく、本件原野の入会権及び入会地上の立木の共有持分も原家においては間爾の死亡後は、その家督相続人たる誠吾に承継されたものと解するのが相当である。

(平賀 石田実 麻上)

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